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hirano関数@2014/3/31 11:40
スニペット「風向き」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「風向き」です。

 

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風向きをよく知ることが命に関わる。ほとんど直結する。そういう世界に生きている者は、野生の獣と、政治家と、傘である。

 

傘の命ほど儚いものはない。それは、電車の中やラーメン屋の中にいとも無関心に置去りにされるせいばかりではない。風向き次第でたちまち死んでしまうからである。風が吹けば傘屋が儲かる。

 

少しばかり風の強い雨の日に、都会などを歩くと、次々に、赤や黄や青や紺や無色透明のエリンギに出会うことがある。いっそ止せばいいのに、と思うが、人間および傘は必死になって抵抗している。人間は強風くらいでは死なないから構わないが、ひたすら哀れなのは、傘である。

 

傘立にずらりと並んだ傘が、かさかさした低い声で喋り合っていた。

 

「俺はこうしてここに立っている。いつまでも立っている」

 

「永遠に忘れ去られたのかも知れない」

 

「そう。代りなど幾らでもいるのだから」

 

「だが再び世界に翼を拡げる日が来たとしても、まさにそれこそが、我が身の終末を意味しないとも限らない」

 

「この頼りない骨ではな」

 

「世間の風というものは全く、この身に辛く当たるものだ!」

 

「俺はなぜ生まれたのか? 何のために生まれ、どこへ行くのか? ああ、冷たい雨に打たれ続けることだけを唯一の慰みとして?」

 

「慰みなら他にもあるぞ。たとえば、仔犬のように身を震わせるとかな」

 

「悲嘆や感傷など無駄なこと」

 

「そうだ。必要なことはただ、誇りを失わないことだ」

 

「たとえ惨めな誇りに過ぎないとしてもな」

 

「さもないと、この身を蝕む黴と錆とに打ち負かされてしまうから」

 

その薄暗い部屋のある建物の外では、よく晴れた空から暖かい光が注ぎ、澄んだ春の香りを運ぶ柔らかな風がそよいでいた。屋根のてっぺんでは、いかにも気持ち良さそうに風に吹かれて、風見鶏がその身も軽く、くるくると踊っていた。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「骨」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2014/3/28 11:48
スニペット「口髭」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「口髭」です。

 

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髭にはビアードもムスタシもゴーティもウィスカもあるが、では矢澤柾夫の髭はどれなのかと言うと、それが何だかよく分からないのであった。

 

ウィスカが比較的近いようだが、そう感じられるのは、矢澤の顔つきがちょっと、ねずみに似ているせいかも知れない。つまり、ただでさえ顔の造型がねずみ的なのに、その髭はと見れば、密度が低くしかも個別的に長たらしいやつが、好き勝手な方面にぴょいぴょい飛び出している。

 

これではいよいよねずみになってしまう。どうも人間離れした感じがある。

 

変な髭と言えばまず長岡外史のプロペラ髭が有名だが、あれは天然自然から機械的人工物へと近付いている人間離れであって、矢澤のは逆である。人間から獣のほうへ近付いている。

 

いっそ止せばいいのに、しかし矢澤は、つるつるに剃り落すのは厭だと言う。俺の顔が貧相なのは自覚しているから、せめて髭でもあれば、無いよりは遥かにましだ、と言う。

 

本人がそう言い張るのでは仕方ない。矢澤は相変らず、ねずみ然として天下の往来を闊歩している。

 

猫は、あの特別に長い髭でもって身の周りの空間を察知し、たとえば狭い場所を通り抜けるときに髭が活躍すると言うが、同じく矢澤の髭にも、そういったような役目があるのかも知れない。風向きを常に把握しているとか、雨の到来を予知できるとか、矢澤のことだからそんな能力が無いとも限らない。狭い道を通り抜けるのが得意かどうだかは不明である。

 

矢澤には、果甫ちゃんという恋人がいる。なんと頗る付きの美女である。あんな美女が、どうしてあんな貧相な男と、というのが衆目の一致するところだが、しかし世間には案外そういうことが珍しくない、というのもまた常識であろう。

 

果甫ちゃんは、彼氏がちょっとぼんやりしたり横を向いてたりしているときの油断を襲って、髭を抜くのが楽しみだそうである。

 

何も、髭を抜きたいがために矢澤と恋愛するわけでもないだろうが、とにかく楽しいらしい。忘れた頃に、髭を抜く。いつでも矢澤は不意を衝かれて痛い思いをし、果甫ちゃんは達成感を得る。そうして仲良くしている。

 

頬、顎、口、このうち最も難関なのがもちろん、口だ、口髭は上くちびる周辺に生えるからだ、つまり生育地の地質が柔軟なのであって、口髭は、よほど狙いを定めた上で思い切りよく引かないと、抜けない、しかもそこは口であるから、防衛側としては最も守りやすい、逃げやすいわけで、何しろ口髭は最難関なだけに、挑戦のし甲斐があるのだ――という趣旨のことを、果甫ちゃんは言ったことがある。

 

変な子である。矢澤と果甫ちゃん、いつまでも仲良くあれと微笑ましい思いがする。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「風向き」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2014/3/27 13:11
スニペット「容疑者」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「容疑者」です。

 

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「さて皆さん」

 

口髭に丸眼鏡の探偵が、人々の顔を眺め渡しながら、堂々たる態度で話し始めた。室内には、探偵自身を含めてちょうど六人の人間がいた。

 

「こうしてわざわざ皆さんにお集り頂いて、まずはご足労に感謝を申し上げます。じつのところ私としてはこの、あまり楽しい気分になるとは言えない臨時集会――尤も、世間にはこうしたことに無類の楽しみを見出すような、ある種類の人々がいることは承知しておりますが――この場を設けることは、目的のためにどうしても必要と判断してのことと、どうかご了解下されたい。そうです、目的はまさしくこの場で果たされるでしょう」

 

不審と猜疑とが入り混じったような、ざわめきの声が漂った。

 

「すると君は、いま仄めかされたことを素直に受取っていいのならば、君は――」

 

と、額の禿げ上った刑事が言い掛けた。探偵はそれが言い終えられるのを待たずに、満足そうな表情を閃かせながら、

 

「ええ」

 

とだけ短く、しかし強い自信に満ちた調子で言った。どういう加減か、探偵の丸眼鏡がきらりと光ったように見えた。

 

「だが本気かね。我々は捜査に全力を尽している。捜査の真っ最中だ。そうして、ようやく幾つかの成果が上り始めたところだ。それを君は、この段階で、何もかもを白日の下に曝け出してみせると言うのかね。手品師があっさりと種を明かすかのように」

 

と、太っちょで小柄な刑事が言った。すると探偵は、まるで大して興味も無いとでも言うような無造作な口振りで、こう言い放った。

 

「仰る通りです。ただし少なくとも、この事だけははっきり断言することができます、つまり――現段階では、今この場にいる全員が等しく、容疑者であることを免れない、と」

 

途端に声があちこちから上って騒がしくなった。

 

「何だと。貴様、それは警察に対する侮辱だ。市民に害なす輩から市民を守ることこそは我々の義務でありまた誇りなのだ、それを貴様は。怪しからん」

 

と、頬が四角く出来上がったぎょろ目の刑事が、怒気を込めて探偵に詰寄った。

 

「あなたもまた一市民ですよ。私と同様にね」

 

と平然たる顔つきで探偵は言い返した。

 

「なるほど憎らしい奴だ。しかし君はこう言いたいのだろう、今の時点では、事件の成行きがまだ決着していない以上は、論理的可能性として、それこそあらゆる人間誰もが容疑者たり得る」

 

と、目が細くて背高のっぽの刑事が、周囲をなだめて落着かせるように言った。

 

「尤も、これからすぐにも決着するのですがね」

 

探偵はそう言いながら、何やら苦いようなむず痒いような複雑な表情を浮かべた。

 

「では――ジェフリー・ホランド、君を、ライト夫人殺害容疑およびリットン氏殺害未遂容疑で緊急逮捕する。ふん、自首とは感心じゃあないか。こっちでも証拠は揃いかけてる。おい、連れて行け」

 

と、五人のうちで最も年嵩の刑事が言った。探偵業の男ジェフリーは大人しく連行されて行った。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「口髭」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2014/3/25 11:35
スニペット「崖」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「崖」です。

 

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大切な両親と幼い自分との人生を狂わせた憎い人物のことをどうしても許せなかったと潮風に長い髪をなびかせながら殺人の罪を告白してから後悔の涙をぼろぼろ流した容疑者と、それを厳しいながらも温かく渋い声で諭した刑事とが、海辺の崖を立去った。

 

崖にはただ、風に吹かれて短い草がなびいていた。そうして、怖ろしい事件が起きたのは、じつにその直後のことであった。

 

小さな羽虫がやって来て草に留まった。

 

どこからともなくゆったりと、風に乗るようにして、その軽く他愛ない身体を短い草の葉に預けた。それから少しばかり、こそこそと、肢で以て葉の上を歩いた。安心して休むため身を隠そうとするのだろうか。

 

それから、とかげが、素早く尾を閃かせて現れた。

 

草の葉にうまく隠れているつもりのようにも見える小さな羽虫を、そっと、背後から狙う。眼をきろきろと辺りに配りながら、とかげは辛抱強くチャンスを窺っている。

 

それから、土がむくりと崩れて、よく見ればそれはもぐら塚であった。

 

もぐらは鼻先だけをひくつかせて地上に突出して、風の匂いを嗅いでいる。湿り気から雨の気配でも探ろうと言うつもりか、あるいは、ただ単に深呼吸がしたかっただけかも知れない。

 

それから、茶黒の斑模様の千鳥が二羽、仲良く飛んできて羽根を収めた。

 

どちらも同じくらいの背格好で、一羽はいかにも息を弾ませているように胸元の羽毛をぴくぴくさせている。もう一羽は、細い肢をせわしなく働かせてそこいらを跳ね回っている。

 

それから、みみずが、するすると這い出た。

 

立派によく太った、健康そうで呑気そうで活発そうで、見る者が見ればじつに喰い応えがありそうな、みみずである。みみずは、するり、するり、と草の間を縫って這っている。

 

千鳥のくちばしが鋭く、みみずを啄んだ。眼に留まらぬ早業だった。気付いたもう一羽の千鳥もやって来て、みみずの身体はずたずたに千切れて飛び散った。二羽は仲良く幸せそうに、新鮮な餌を分け合った。この近くにいたとかげは、これじゃあ仕方ないとでも言いたげな様子で羽虫を諦めて、もと来た方向へ戻り始めた。そこには思いがけない罠があった。つまり、もぐら塚に先程までは無かった、穴があった。とかげは土に前肢を取られて、もがくうちに穴に落込んだ。もぐらは、あまりこういうものは喰わないものだが、かなり飢えていたのだろう、とかげに襲い掛った。もぐらの強靭な爪にやられては一たまりもなかった。瀕死のとかげは、生きたまま全身を噛み砕かれた。

 

葉に隠れたままの小さな羽虫は、何も気が付かなかったらしく、しばらくすると、どこへともなくゆったりと飛んで行った。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「容疑者」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載