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hirano関数@2013/12/27 11:59
スニペット「鯵」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「鯵」です。

 

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冷蔵庫を開けたら、鯵の向きが変わっていた。

 

鯵が消えていた、というのなら話は分かりやすい。見つけた誰かがこっそり喰っちまったのに決まっている。鯵が齧られていた、それも奇怪ながらまだしも理解できなくはない。行儀のきわめて悪い猫または人間が、喰いかけたのを途中で止めたんだろう。

 

しかし鯵の向きを変える動機はよく分からない。たしかに、鯵は左向きだったはずだと滝野奈津子は思った。

 

左向きとは、頭を左にしてという意味だ。ただしむろん、頭を左にという条件のみでは状況は確定しない。腹が手前なのか、背が手前なのかの区別がまだある。鯵本来の自然なる姿、すなわち尾頭つきならばその区別で済むのだが、あいにく、鯵は開きだった。

 

まっぷたつに開かれてしまっているから、上にも下にも平等に、腹は向いている。したがって鯵の開きの向きを言うときは、上下ではなく、腹を伏せているのか、背を伏せているのかを言わねばならん。

 

鯵は、背を伏せての、つまり腹の中身を惜しげなく開陳しての、左向きのはずだった。

 

こうしたことは、どうでも構わない種類のことに思えるが決してそうでない。人の癖がある。なんとなく落ち着くということが、ある。なんとなく気に入らないということが、ある。冷蔵庫は、家庭の母たる奈津子に絶対支配されている。鯵の開きを冷蔵庫にしまい込むのは、奈津子を措いてほかにない。だから鯵の開きは、奈津子のいつもの癖に従順な姿勢でもってしまい込まれる。奈津子が不審がるような向きでしまい込まれるはずがない。

 

鯵は、背を伏せたままではあるものの、右を向いていた。

 

いったい、背を伏せた左向きの鯵の開きを、人知れず密かにつまみ上げ、背を伏せたままの右向きへと首尾よく安置し終え、然るのちに冷蔵庫の扉を閉めて立ち去るなどという犯人があろうか。

 

こう気にし始めると厄介なもので、ついに奈津子の頭の中は、鯵の開きだらけになってしまった。しかし夫や子供たちに、あんた、つい最近、鯵の向きを変えやしなかったかいと問い詰めて回るわけにもいかない。ただでさえ忙しい、大晦日の夜なんだ。奈津子は、強いて忘れ去ることにした。

 

奈津子の初夢は、鯵が、なすびと一緒に泳いでいた。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

そして今年もじきにおしまいという次第ですが、

それでも言語の鎖は連なる。

次回、来年のスニペットは「腹」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/12/25 11:27
スニペット「マンション」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「マンション」です。

 

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子供の頃、マンションを買うというのは建物まるごと買うことだと信じていた。それは正しいと今でも信じている。ふやけた言葉を遣って恥じない大人のほうがこれは、悪い。

 

誰かが、「世に多きは人、少なきもまた人」という格言めいた言い回しを、姑息であると罵っていたように思う。いつどこで読んだのだろう。何でも子供の頃だという感触だけがある。坂口安吾だったような覚えがあるけれど違うかも知れない。そういうことを記憶しているというのはつまり、幼い私は、そうだその通りだと喜んだのだろう。なかなか潔癖症の子供だったらしい。

 

大人になって私は古びたマンションを買った。私流に言えば、古びたマンションの部屋を買ったということになる。しかしここにもまた、傍目にはどうでも良い常識的、当り前のことだけれども私には、多少の思い入れがあった。

 

それによると、私は古びたマンションの部屋を買ったつもりで、買ったつもりの古びたマンションの部屋に私たち家族は住んでいたのだけれど、それはじつはまだ買えていなかったのだ。あるいは、買いつつあったに過ぎなかったのだ。

 

買うとは本来、鯵を買うようなことであるはずだと思う。じゃがいもを買うようなことであるはずだと思う。牛豚の合挽き肉をローンを組んで買うのは変なことで、それでは買ったとは言えない。だいたい、金融機関と徒党を組むのでもあるまいし、ローンを「組む」とは何事だろう。

 

そのようなびろーんと間延びしたものなど、組むつもりはなかった。しかし私は、ほとんど必死になってそれを組むことになった。

 

何とも不本意なことだった。しかし私のちっぽけな不本意など消し飛ぶほどに、世間を渡るにおける経済事情とは、どっしりと不本意なものだとも思う。その不本意は然るべく不本意なもので、金持ちの倦怠よりはよほど張合いがあって、ましなものだと考えることもないではないけれど、庶民の僻み根性だろうか。

 

去年のこと、力の強い機械がわらわらと群がった。古びたマンションの部屋は、古びたマンション全体ごと、破壊された。ある日その様子を眺めて私は、いっそアメリカ流に爆破というわけに行かないものか、と考えていた。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「鯵」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/12/24 11:53
スニペット「否応なく」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「否応なく」です。

 

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(おう) ねえあんまりだわ。どうしてもいけなくつて。

 

(いや) どうしてもいけません。

 

 何故。

 

 何故つて、宅はマンシヨンだからよ。

 

 放つて置くなんて非道いぢやないの。ああ寒いでせう、ひもじいでせうに。このままぢや死んじまうわ。

 

 死ぬとは限らないわ。ねえよくつて、あなたのはね、ほんの一時の同情なのよ。それも大切なことですけれども、振り回されては駄目よ。

 

 何故。

 

 何故つて。そうね、ええ困つた子ね。さう聞分けのないことを云ふものぢやありません。心掛けが優しいのはいいのよ、目先ばかりのことはいけないのよ。

 

 だつて冷酷だわ。ぐすぐす。

 

 いいえ、かういふのは冷酷とは云はないのよ、ただ仕方がないのです。

 

 ぐすぐす。仕方がなくつても、随分だわ、可哀想。ぐすぐす。

 

 泣かないの、泣くともつと悲しくなります。ねえお聞き、私だつて本当は辛いのよ、でもいけないのよ。

 

 ぐすぐす。

 

 さう泣いてはいけません、すん、あらいやだ私まで、いけませんよ。ほら、もう行かなくては。すんすん。

 

猫(ねこ) ――いやああおおう。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「マンション」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/12/20 11:49
スニペット「高級感」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「高級感」です。

 

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広く大衆に高級品を普及させようとは明らかに自己矛盾と言うほかないから、宣伝にいそしむ高級品なるものは成立し得ない。

 

したがって、食品でも服飾品でも美術品でも何でも、高級感を訴える商業宣伝を見聞きしたら、どう言い張ろうともそれは、低級な品であることが分かる。低級だと自ら暴露してしまっているのである。

 

だが、そうかと言って、それ以外にやりようがあるか? ありはしない。そこに、世の中の滑稽および悲哀がある。一言に尽くすならば、高級と高級感との間には、ケチャとケチャップほどにも巨大な違いがある。

 

言葉では惑わしようもない、現実がそこに宿っている。感の違い、ップの違いである。現実とはそのような形で以て、可笑しくて悲しくて哀しい。…ップ。

 

このようなップのために、石渡理沙は困惑したのである。ップを否応なく実感させられたのである。

 

理沙は、回転木馬のことをメリーゴーランドだとすっかり思い込んでいた。だって、なになにランドという名はいかにも遊園地にぴったりではないか。幼い頃の理沙はメリーゴーランドに乗って楽しんだのであるし、そう信じて疑わなかった。理沙は二十一歳まで、メリーゴーランドを追憶していた。

 

「ははは、うわあ、そんなベタな。ありがち過ぎ。ほら、だってさ、ゴーランドじゃあ地面を直進してそのままどっか行っちゃいそうだろ、帰って来られなくなっちまう。丸い机はランドテーブルか。大地が食卓ってやつだ、あはは」

 

理沙がほのかな好意を抱いていた男が、ある日そう言って笑った。

 

決して嘲るような笑いではなかったが、理沙は傷ついたような気がして、何もそんなに笑わなくても良かろうとその男を恨んだ。そんなの、ちょっと言葉を間違えただけじゃないの。だが、今まで誰も教えてくれなかったのだ。いや、気付く機会になぜだか恵まれなかったのだ。

 

言葉だけのことにも、一種の現実は宿っているらしい。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「否応なく」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載