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hirano関数@2013/11/29 11:57
スニペット「パスワード」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「パスワード」です。

 

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パスワードはあなたの大切な個人情報を保護します。決して他人に教えてはいけません。それでは、パスワードを入力して下さい。

 

この何とも滑稽な矛盾のことに気付く人は案外、少ないのだろうか。パスワードをウェブサイト運営側に教えるために打ち込みながら、大賀聡子は思わずくすりと笑った。いや、他人と言ってるもんな、パスワードを教わるのは飽くまでも機械であって人じゃない、という論理かしら。

 

聡子は「dsyplp」と打ち込んだ。

 

自分の名をキーボード上で右にずらしたものである。大して重要でもない場合に使うことにしている、聡子が頭にしまい込んでいる幾つかのパタンのうちの一つだ。決定ボタンを押す。

 

パスワードは 8 字以上で入力して下さい、と画面にメッセージが出た。

 

ああまたこういうことを。パスワードは長いほうがいいってことくらい知ってるよ、8 って数字がそもそも大して根拠もなくて、ただ IT 人間の感覚で区切りがいいってだけのくせに。聡子は、この種のメッセージを見ると、聡子は、それなら 100 文字もあるパスワードにしてやろうか、などと思うことがある。たとえば、寿限無をローマ字表記にしたら何文字くらいになるのかしら。そうだ、その手の長い長いやつを、考えておいたら面白いかもね。

 

寿限無的、円周率的、ういろう売り的な長ったらしい新入りを仲間に迎える作業は後回しにする。

 

聡子は「ohgasatoko8131」と打ち込んだ。

 

これも聡子の脳内パタンの一つ。よくある、誕生日を後ろにくっつけたもの、かと思いきや、よくよく見れば 8131 だから変である。これは元素周期表による。苗字の大賀を O - H - Ga としてそれぞれ酸素、水素、ガリウムの原子番号を並べたものだ。まるで誕生日みたいに見えるところが、聡子は割と気に入っている。決定ボタンを押す。

 

パスワードは大文字と小文字を組み合わせた半角英数字で入力して下さい、と画面にメッセージが出た。

 

おのれ。なんて意地悪なやつなんだろう、と聡子は憤激した。それなら最初に言え。しかしこの程度の悪意ごときで困り果ててしまうような聡子ではない。

 

聡子は「d4NreVPb2q」と打ち込んだ。

 

意味は全く無いランダムワード。こんなときのために指先に覚え込ませてあるものだ。こいつの弱点は、モバイル端末のときなど、キーボードが無い状況では使えないということである。使いたくても使えない。指の動きがそのままパスワードである。こういう、肉体に依存したパスワードって、指紋認証とか虹彩認証とかに近いんじゃないかしら。決定ボタンを押す。

 

接続タイムアウト....畏れ入りますが時間をおいてページを再読み込みして下さい、と画面にメッセージが出た。

 

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「ういろう」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/11/28 11:30
スニペット「記憶」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「記憶」です。

 

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数秒前まで手に持っていたはずの財布をどこに置いたか忘れて困ることがある。

 

コンピュータのパスワードが口からは決して出て来ないが指から瞬時に出ることがある。

 

大切な思い出を夢の中ではっきりと思い出したのに、目が覚めたらどうしてもそれが何だったか思い出せないことがある。

 

神がいずこにおわすか分からないように、記憶とは、どこにあるのか分からない。脳に収まっているようでもあるし、指先の細胞から滲み出しているようでもある。本当はどこにもないのかも知れない。

 

記憶なるもののが、とても大切なこと、そして空虚で如何わしいものであること、それは《人との絆》や《温かい心の触れ合い》などによく似ている。

 

むしろ、話は逆だろうか。その《絆》とか《触れ合い》とかは記憶を基盤とする。記憶が吹き飛べばそれらも吹き飛ぶからだ。基盤が既にして不安定なら、その上に何を乗せてもやっぱり不安定である。豆腐の上に家を建てると、家は崩れやすい。高野豆腐の上に建てたところで同じだろう。

 

でも、堅い大地に建てようが豆腐に建てようが、建てた家が当人にとって、極めて大切なものだということに変わりはない。

 

門田悠美には、何より大切な記憶がひとつあった。

 

人が聞けばなあんだと思うような、ごく些細な記憶である。

 

四歳の夏に、小さな胸に抱いた初恋のことではない。十二歳の冬に、母親を亡くしたときのことではない。十九歳の春に、初めて自分の働きで正当な金銭というものを得たときのことではない。二十九歳の秋に、再度の結婚式というものを挙げたとき味わった複雑な幸福感のことではない。

 

光景だ。

 

それを、いつ、どこで、見たのか分からないが、それだけにただ映像がくっきりと鮮明な、ある光景だ。その短いのか永いのか分からない瞬間に感じていた、湿っぽいような埃っぽいような匂いまで思い起こせる。

死の瞬間、悠美は、名状し難い光景を見た。人は誰もが死ぬ。太古の昔から全ての人々が、この光景を見て来たのか。なんと眩しいような、深淵のような、凄まじい光景だろう。それから、なあんだと思った。

 

魂だけとなった悠美は、そのごく些細な記憶を永遠に大切にしている。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「パスワード」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/11/22 12:30
スニペット「聖地」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「聖地」です。

 

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大地に降り注ぐのは雨ばかりではない。

 

人の記憶が滴り落ち、染み込む。人の記憶がこの上なく痛ましい形で凝結しているのは血液である。

 

アクティウムやレパント、トラファルガーの海に比べて、テルモピレーにせよ、クリミアにせよ、奉天にせよ、スターリングラードにせよ、陸上の会戦というものが、たとえようもなく陰惨な性質を帯びるのはそのためである。海は何もかもを呑み下し去るのに対して、陸地には、長い歳月に渡って、幾千万の人々が染み込み続けている。したがって、およそ最も濃密な匂いが澱むのは、市街戦である。

 

ところで、人跡未踏の地ということがある。

 

この二十一世紀、そんな場所は地球上からは既に失われていると言う者もあろう。ギアナのテーブルマウンテンの天辺も、南極も、タクラマカンの砂漠も、コンゴの熱帯雨林の秘境も、人類はとうに踏んでいる。

 

だがもしも、まだ残っているとするならばそこは、聖地である。いまだ誰も足を踏み入れたことのない、過去のいかなる人物からも隔てられ、聖別され、卓絶している、そのような地が、この時代に至っても不思議なことにまだ、残っているものならば。

 

「俺、岐阜の出だけど」

 

「山のほう? やっぱ、雪がすげえの?」

 

「積もるね。五メートルも六メートルも行くね」

 

「じゃあさ、その六メートル積もった雪の上を歩くのってさ、空中を歩いてるのと同じ」

 

「そうそう。誰も歩いたことない道ってわけ」

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「記憶」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/11/21 10:50
スニペット「鼻歌」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「鼻歌」です。

 

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道頓堀をうろついてみれば、モーツァルトのト短調シンフォニーの主題が、頭の中で鳴るかも知れない。

 

和田昌史は心のどこか片隅でそう期待していたのだが、当てが外れた。

 

良い意味でも悪い意味でも、猥雑ということを具現した街。どうやら、シンフォニーなどというお高く留まったものは間違ってもお呼びでないものと見える。シフォンケーキならまだしも通用するかも知れない。

 

あきらめるのは早いと和田は思い、道頓堀をうろつきながら、主題を鼻歌で歌ってみた。モーツァルトのト短調シンフォニーの主題が、鼻の中で鳴った。

 

やはり駄目だった。

 

そんなことを無理に、作為的にやってみたところで空しいばかりだ、つまらない。

 

道頓堀において圧倒的な威光を放つのは、グリコの人である。たくましく引き締まった両腕を掲げ、不敵な笑みを浮かべる、グリコの人である。モーツァルトのごとき軟弱者などは鎧袖一触だ。それは誰もが知っていることではないか、自分も最初から知っていたことではないか。

 

和田は自嘲的な気分で、何だかおかしくて少し笑った。笑ってみると、何だか余計におかしくなった。なるほど、大阪だ。

 

若者たちの間では、大阪は笑いの聖地だと言われるとか言われないとか。うろつくだけで笑いを誘われるとは、さすが大阪、やるじゃないか。

 

数百人にも及ぶグリコの人が群れをなして、和田の頭の中をずどどどどと駆け抜けていった。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「聖地」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載