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hirano関数@2013/6/27 10:13
「ジャーマンポテト」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

ジャーマンポテトからの連想を配列しましょう。

 

第一に、

ジャーマンポテトと言えば、

投げっぱなしです。

 

 

ジャーマンは投げっぱなすものと相場が決まっています。

そう投げっぱなされては仕方ないから、

難しいことなど考えず投げっぱなされるがままに任せましょう。

それが、

互いの自主性を尊重する、

ということに他ならないのですから。

偕老同穴の夫婦ならともかく、

人と人との上品な関係を築く秘訣は、

不干渉。

それが肝要なことです。

訳の分からないことを言いっぱなしです。

 

ドイツ的なる何物かが投げっぱなしである次第ですが、

何がと問われるならば、

スープレックスが、ですね。

これを得意技にしたプロレスラーのカール・ゴッチがドイツ人であるゆえに、

ジャーマンスープレックス。

相手を、掴んだまま、ぐいと背を反らし、脳天から、

地に叩きつける、

というのですから大変なものです。

ゴッチッ。と音がしそうな気がする。

 

幸いにして足元は弾力的なマットだから大事故にならずに済みますが、

それでも、

お互い鍛えているからこそです。

心得がなければ、

幾らマット上でも只では済みません。

あまつさえそれが、もしも、

投げっぱなされてしまうことにでもなれば。

じつに危険です。

どうかすると首の骨が折れるかも知れませんよ。

だって脳天から真っ逆さまですもの。

 

危ないから、

投げっぱなすんじゃないぞ。

いいか投げっぱなすなよ。

絶対投げっぱなすなよ。

分かったな、絶対に投げっぱなすんじゃないぞ。

 

おう、よく分かった。

 

かくしてプロレスラーは見事に投げっぱなされて、

観客は喜びます。

 

 

第二に、

ジャーマンポテトと言えば、

黒胡椒です。

 

 

チーズです、

とか、

たまねぎです、

とか、

ソーセージです、

とか言ってもよろしいのですが、

場合によって何が入るか分かりません。

どんな具にするか、

お好み次第の千差万別です。

 

よしんば、

たまねぎが入っていなくとも。

鶏の挽き肉などを用いてあろうとも。

中華風の金ぴかで赤い龍なんか描いてある皿に盛られて供されようとも。

いえジャーマンポテトです。

そう言い張られてしまうと、

少々返す言葉に困ります。

これちょっとジャーマンポテトとは違うでしょう。

いえジャーマンポテトです。

食べてみれば、

まあ確かにジャーマンポテトらしい味がするのでした。

 

そこで、

ジャーマンポテトがジャーマンポテトである所以のものとは何か。

黒胡椒でしょう。

 

豚の油脂も与って力がありますが、

何を措いてもまず、

黒胡椒です。

黒胡椒が無ければジャーマンポテトは成立しません。

世の中から黒胡椒が喪われたとき、

ジャーマンポテトもまた滅びます。

それほど大切です。

ビールのお供にジャーマンポテトは最高だなあ、

と言う場合それは、

ビールのお供に黒胡椒は最高だなあ、

と言っているも同然だということになります。

黒胡椒でビールジョッキ三杯呑める。

 

お察しの通り相当に強引な話の成り行きですが、

何が言いたいかと申しますと、

黒胡椒はうまい。

ただそれだけのことを申し上げています。

 

好きな食べ物は何ですか。

尋ねられたら吾人は、

黒胡椒。

そう答えることにしています。

気分によっては、ぽん酢と答えることもあります。

そう言えば胡椒と似て非なるもの、

ゆず胡椒も、

たいへん結構ですね。

ゆず胡椒で飯三杯喰える。

 

第三に、

ジャーマンポテトと言えば、

ゲルマニウムです。

 

 

ゲルマン民族は大移動しても、

ジャーマン民族が大移動するとは聞いたことがありません。

でもそれは変なので、

ジャーマンとは即ちゲルマンなのでした。

 

その、ゲルマンな人が見付けたからゲルマニウムです。

 

それでは、

次回は「ゲルマニウム」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載v

hirano関数@2013/6/26 10:12
「シャーマン」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

シャーマンからの連想を配列しましょう。

 

第一に、

シャーマンと言えば、

トーテムポールです。

 

 

自然だ、

精霊だ、

習俗だ、

といった話題ならこういうものが思い浮かびます。

 

あの広大なアメリカ大陸には、

ちらほらと、トーテムなるポールがそびえ立っておる。

トーテムとは、

動物や植物など自然物を、

「あいつは俺らで、俺らはあいつだ」といったような捉え方をする発想で、

つまり自然と一体化する思想だ、

と乱暴にまとめればそう言えましょうか。

 

我々は、オオカミだ。

我々は、さそりだ。

我々は、サボテンだ。

我々は、石だ。

 

そういうことなのでしょう。

単なる比喩ではなく、

心底本気でそのように考える。

 

長く厳しい日照りが続いても我ら一族はいつでも生き延びて来た、

なぜなら、サボテンだからな。

 

たとえばそんな調子で、

部族の誇りが支えられるのかも知れません。

素敵なことですね。

その誇りを表現したくて、

トーテムなポールを立てるのだ。

 

と思いきやじつは、

トーテムポールは元々、

ただの家の柱のようなものだったという話もあります。

それはそれで、

じつによく分かる。

家の柱って、

落書きしたり傷をつけたりしたくなりますよね。

 

その志向性を少しばかり極端に進めれば、

トーテムポールの出現と相成るものかも知れません。

アメリカ原住民は、

たいへん落書きの好きな人たちなのでしょうか。

 

第二に、

シャーマンと言えば、

恐山です。

 

 

我が日本が世界に誇るシャーマンが、そこにはいます。

いたこがいます。

うっかり読み飛ばすと、

いたことがあるようにも読めてしまいますが、

そうでなくて、

いたこがいます。

 

読みにくいからイタコと書きますね。

皆さま誰しもイタコについては聞イタコトがおありでしょう。

死者を憑依させて、

会話を交わすことができる。

 

こういう場合、

本当に死者の魂が乗り移ったのか、

といったことを問うのはあまり意味がないようです。

会話した人が、

相手は間違いなく死者だと思えば相手は間違いなく死者です。

そんなことより気になるのは、

いかにしてそうした人材を育てるのか、

ということですね。

 

特殊能力です。

誰でもできるようなことではない。

ピアニストが三歳の頃からピアノを弾き始めるように、

あるいは弾かされ始めるように、

イタコも、ほとんど人生まるごと費やして、

ようやくイタコになるに違いありません。

 

将来の夢は何ですか。

イタコです。

 

おそらくそれでは遅い。

将来の夢なんてことを考え始める前に、

ふと物心ついたら既に彼女は、

イタコへの道を歩んでいるのではないかと思われます。

 

上の写真を拾うついでに

ウィキペディアの記述を見てみますと、

興味深いことが書いてありました。

イタコはどんな修行をするのか。

 

俵に乗って、

白装束を着て、

精進料理を食べて、

水をかけられて、

餅でぶたれて、

昏倒して、

目を覚まさしてもらうのだそうですよ。

 

昏倒するほど餅でぶたれるのですから、

やはり厳しい修行です。

どれはどんな餅か。

がっちり堅いやつでブン殴っては流血の事態にもなりかねないでしょうから、

もっちりしたやつを用いるのではないしらん。

 

では餅を持てい。

大きなもっちりしたやつが現れる。

あら、お餅なんか一体どうするのかしら、と少女がどきどきしていると、

それをたいへん勢いよくブン回して、

いたいけな少女の後頭部辺りを もちん と痛撃するものと察しられます。

ずっしり鈍器の攻撃力です。

昏倒する少女。

厳しい修行ですね。

 

第三に、

シャーマンと言えば、

ジャーマンポテトです。

 

 

濁点の存在を気にしないことにしての話です。

 

それでは、

次回は「ジャーマンポテト」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/6/24 10:04
「卑弥呼」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

卑弥呼からの連想を配列しましょう。

 

第一に、

卑弥呼と言えば、

箸墓古墳です。

 

 

どうも画数が多くて読みにくい印象ですが、

はしはかこふんです。

卑弥呼の墓はこれではないかという説が有力です。

尤も、説は常に有力なものだから、

どれくらい有力なのかは、

一概に決めることもできず予断を許さぬ情勢と断じるにやぶさかではないと言っても過言ではありません。

 

だから、

もうひとつ説があります。

箸墓古墳は、

やまとととひももそひめのみことの墓だという説です。

 

っととと、

ちょっと待て。

誰の墓なんですって。

仕方ないな、

もう二度は言わねえぜ。

やまとととひももそひめのみこと。

 

漢字で書くと倭迹迹日百襲媛命です。

こんなにまで、

ととととしており、

もそもそしており、

だがしかしこの上なく立派な人名は、

我が国日本史上の、

一大奇観です。

寿限無寿限無じゃあるまいしねえ。

つけまつけるで、にんじゃりばんばんな、あの少女といい勝負でしょう。

 

そうそう、

夜麻登登母母曾毘売命という表記もあるそうですよ。

ほとんど漢字一字とひらがな一字が対応する、

あの万葉仮名というやつ。

夜露死苦のご先祖様みたいなものです。

 

それはそうと、

どっちの墓なのか。

だから説だと言うのです。

そもそも過去の証明は原理的に不可能である。

集められる限りの傍証をひたすら積み上げるほかありませんが、

その証拠を逆手に取って反論されてしまったりして、

学問の道はとても厳しいのでした。

 

卑弥呼の墓らしい。

倭迹迹日百襲媛命の墓らしい。

どちらの説も有力だとするならば、

考えられることがひとつあります。

卑弥呼は、

何を隠そう、

倭迹迹日百襲媛命である。

そういう説を立てることです。

だからそのような説が学界で重きをなしているようです。

 

第二に、

卑弥呼と言えば、

金印です。

 

 

古代アジアは中国大陸の王朝の勢力圏ですから、

日本もその傘下にありました。

その当時はまだ日本とも呼べませんで、倭ですね。

傘下にあるから、

倭の王は金印をもらいました。

 

卑弥呼も「親魏倭王」の金印をもらったらしいのですが、

残念ながら実物が見つかりません。

写真の金印は、

皆さま学校で教わったかも知れないあの有名な「漢委奴国王」の金印です。

ただし肝心なことが、

誰がもらったものなのかが、

ちっとも有名でない。はっきり分からないのです。

 

学校で教わると言えば、

思い出したことがあります。

吾人の個人的な思い出です。

この重要文化財、漢委奴国王の金印のことを教わったとき、

ついでに妙なことを教えられました。

 

この金印の発掘者は誰か。

甚兵衛である。

 

なぜそんなことを、

さも重要な歴史知識のように教えるのか。

いえそれは知識というものは何でも重要と言えば重要ですが、

だがしかし、

甚兵衛です。

 

覚えておきなさいと指導されたのです。

甚兵衛を。

しかもそれは古代の歴史の授業中に出て来たのです。

卑弥呼とか邪馬台国とか魏志倭人伝とか、

はるかなる古代の歴史ロマンに思いを馳せている折も折、

甚兵衛だ。

 

おかげですっかり覚えてしまいました。

だって、

甚兵衛ですからね。

いくら歴史は苦手だという人も、

聖徳太子、

織田信長、

徳川吉宗、

といった超有名人の名前は知っています。

そうしたラインナップの中へどうでしょうか、ここはひとつ、

甚兵衛を。

 

紫式部、

平清盛、

源義経、

甚兵衛。

 

甚兵衛も思わぬ栄誉に戸惑っているに違いない。

江戸時代の百姓だと言います。

なるほどじつに甚兵衛という名前にぴったりなのでして、

ますます印象は強まるばかりです。

 

第三に、

卑弥呼と言えば、

シャーマンです。

 

 

卑弥呼はウーマンなのにシャーマンとはおかしい。

などと思ってはいけないのでした。

 

元々はシベリア地方の言葉。

大自然の精霊と交感できる能力者は、

男女問わずシャーマンです。

シャーとよく叫ぶ芸能人のことではない。

ヨッシャヨッシャと言って逮捕される首相のことではない。

 

それでは、

次回は「シャーマン」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/6/21 11:05
「歯」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

歯からの連想を配列しましょう。

 

第一に、

歯と言えば、

カルシウムです。

 

 

写真は確かにカルシウムです。

何となく白いものだと思ってしまいますが、

白いのは、

カルシウムに何か余計なものがくっ付いているせいで、

余計なものを取り去ると、

ご覧の通りの金属。

 

とは言いつつそれはじつはちっとも余計なんかではなく、

何かと結合して、

白くなってこそ、

カルシウムはいいものです。

皆さんお好きでしょう。

吾人も好きです。

炭酸カルシウムや硫酸カルシウムや次亜塩素酸カルシウムのことが、

我々は大好きなのです。

 

硫酸カルシウムとは、

別の呼び方をするなら、

石膏です。

 

学校の美術室に、

真っ白な石膏の像が、

置いてあったりしましたよね。

日本の学校なのになぜか決まって西洋人の顔なのが気に掛かったりしたものですが、

そもそも、

学校で教えるのは西洋美術ですから、

それで良いのでした。

あれは、

硫酸カルシウムの生首です。

 

黒板用のチョーク、

あれもカルシウムです。

ところで不思議なのは黒板用でなく、

ビリヤード用のチョーク。

青い。

なぜか。

いかなる理由で以て青いのでしょうか。

確かに白では台の羅紗がたちまち薄汚れてしまうでしょうが、

青に限るという訳でも、

ありますまい。

目立たないようにと言うならいっそ、

緑のチョークでも良いのではないかしらん。

 

地球は青かった、

ちょーくーは青かった。

とでも言わせるつもりでしょうか。

そんな下らぬ駄洒落は言いませんとも。もう言ってしまいましたとも。

 

第二に、

歯と言えば、

タンポポです。

 

 

ダンデライオン、

ライオンの歯という意味なんですよね。

その外国語のほうはよく意味が分かるが、

タンは、

よく分かりません。

ポポに至っては、

もう皆目見当もつきません。

綿毛がぽんぽんしているから、

といった所なのでしょうか。

 

タンポポの花言葉は、

《まごころの愛》です。

それと《思わせぶり》です。

 

どっちだ。

 

花言葉というやつには一般に、

そうした傾向がありますね。

同じ花に、

幾つもの花言葉があって、

しかもそれが互いに矛盾していたりする。

この分野に、

特に確固たる権威は無さそうで、

我も我もと、てんで勝手に花言葉を拵えて嬉しがるから、

こんなことになってしまうのです。

 

その逆のこともある。

《愛》が花言葉になっている花など、

百を軽く超えるのではないかしらん。

おそらく《美》なんかも同様でしょう。

そもそも花というものが、

愛や美をこの上なく体現しているものなのですから、

当然の成り行きとも言えます。

 

そう考えると、

花の、花言葉。

そういうものを定めたくもなって参りますね。

花一般の花言葉です。

むろん《愛》《美》は最有力候補。

《命短し》ないし《恋せよ》も少し気の利いた感じになりますね。

しかしここは、

《自己矛盾》を提唱します。

何も悪い意味とばかりは限りません。

さっきのタンポポの件にこだわっているのでもありません。

 

花のように派手で、

花のように地味な、

花のように咲き誇って、

花のように朽ち果てる、

そうしたすばらしいものが他にありましょうか。

即ち人間の姿そのものです。

 

第三に、

歯と言えば、

卑弥呼です。

 

 

卑弥呼の歯がいーぜ。

 

聞き覚えのある方々も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。

歯をよく使うことの良さ、

それを訴えるべく。

ひ、み、こ、の、は、が、い、ぜ、

八点にまとめたスローガン。

 

それぞれが何の略なのかは、

皆様お調べになって。

 

それでは、

次回は「卑弥呼」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載