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hirano関数@2013/2/28 12:45
「蝉」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

蝉からの連想を配列しましょう。

 

第一に、

蝉と言えば、

脱皮です。

 

 

だっぴ!

 

魅力的な言葉だから叫んでみただけのことですが、

単に言葉の上のことだけに限らず、

脱皮は魅力的ですよね。

 

セミの抜け殻。

見つけたらそれは子供の宝物です。

大切にせずにはいられません。

我がささやかな宝物庫のコレクションに、

セミ殻。

そんな思い出のある方々も、

だっぴ多いのではないでしょうか。

 

ああいうものに、

価値を感じる。訳も分からず。

それは、

子供らしさの定義の一つにだっぴ加えても良いかもしれません。

自然に驚きかつ親しむ姿勢。

そしてそれは、

成長と共に失われがちな姿勢。

 

都会の仕事で働く大人は忙しすぎるから、

セミの抜け殻など見かけても、

それがだっぴどうした、

という目線になってしまうのです。

それがどうした、

とは、じつはその仕事と称する行為に対してこそ、

向けられるべき目線かも知れないのに。

 

だから大人も時には、

我が身を省みて、

あのセミ殻ひとつに胸ときめかせた童心を、

取り戻そうと試みる。

それも案外悪くないものです。

先ほどから変なものがだっぴ散らばっているのも、

そうした試みの一環と言えます。

 

第二に、

蝉と言えば、

素数です。

 

 

素数ゼミという言葉がある。

大学で素数について教授学生混じって討議する集まりのことかと思いきやそうではなくて、

素数な蝉です。

どの辺りが素数かと言えば、

それはもうじつに、

素敵に素数なのです。

いかがでしょうこう書いてみると、

素数というもの自体が素敵に見えて来ますね。

 

引き延ばし戦術はいい加減止して、

何が素数か。

地上に出てくる年周期がです。

 

セミの一生の暮らしは大部分、

地下ですね。

我々が目にするあの姿は、

線香花火の最後のひと輝きのように、

死ぬ直前の、

一瞬の姿に過ぎません。

つまりあのじいじいみいみい大合唱は、

断末魔の声か。

いや命まるごと懸けた愛の呼び声だ。

 

そう思えば哀切で、

一層心に沁みようというものですが、

さらにもっと哀切なことがあって、

というのは、

それほどまでにも健気に全生命を燃やし尽くそうとしているときに、

ぱくり。

天敵にあっさり喰われることです。

これは悲しい。

そのような事態はなるべく避けたい。悲しいからです。

 

そこで、

素数です。

たとえば 17 年という変な周期で地上に出ることにする。

この際大切なのは、

天敵のほうだって何らかの周期で生きているだろう、

と考えられることです。

セミを飯の種にしている連中がたくさんいて、

2 年ごとに当てにする天敵、

3 年ごとに当てにする天敵、

4 年ごとに当てにする天敵。

ここでセミにとって最悪なのは 12 年周期で出ることですね。

天敵だらけ。

 

しかし 17 年なら大丈夫です。何しろ素数だ。

2 年モノの天敵との遭遇は、

17×2=34 年にいっぺん。

それだけのことで済むのです。

なかなか気の長い話で、

ここで会ったが百年目と俗に申しますが、

話がそんな調子を帯びて参ります。

生き延びるためだ、

そのほうが有利だとは言え、

地下で 17 年間も我慢しなければならぬとは。

 

と、人間は思ってしまいますが、

セミにしてみれば地上に出るとは死ぬことです。

結婚はしたいが、

しかし、

そう死に急ぐこともあるまい。

とでも思って、

のんびり構えているのかも知れない。

 

第三に、

蝉と言えば、

岩です。

 

 

蝉の声は、

岩に沁み入るものと相場が決まっています。

だから日本の岩は、

夏が来るたび、

蝉の声をたっぷり吸って、

うるおっていると思われます。

しっとり、ふっくら、ぷるるん、湯上がりたまごの、赤ちゃん肌です。

 

それでは、

次回は「岩」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/2/27 12:35
「ウルトラマン」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

ウルトラマンからの連想を配列しましょう。

 

第一に、

ウルトラマンと言えば、

スーパーマンです。

 

 

何か知らんがこんな写真があった。

オーバーマンとでも言うつもりでしょうか。

 

こんなことを考えてみます、

ウルトラマンとスーパーマンと、

どちらが強いか。

こんな場合は、

語義に忠実になってみるのが一手法です。

 

スーパー、

これは皆さんお馴染みですね。

毎日毎日スーパーなマーケットに行って夕食の献立を練ったりするからです。

マーケットがスーパーだからこそ、

それが可能である。

買うべき物が決まっていなくても、

行きさえすれば、

およそ大概の食材が揃っています。

 

それほどまでにスーパーなマーケットが、

この世に出現するとは奇跡ですが、

ともかく出現しているのであるから奇跡も信じて受け入れましょう。

そのような、

従来の常識を超えるマーケットに敬意を表して、

スーパーマーケットと称す。

 

超市場です。

何しろ超市場だから、

市場など相手になりません。

そんなものは既に超越しておる。

と、いう態度ですから、

地元商店街がスーパーマーケットを敵視するのもそれなりの理由がある。

 

同様に、

スーパーマンは超人です。

人を超えている。

 

いっぽうの、

ウルトラ。

たとえばウルトラ右翼とかウルトラダーウィニズムとか言うように、

極端な、という意味ですね。

どうも過激だ。

そういう存在が、

ウルトラと呼ばれます。

 

従ってウルトラマンは、

極端人です。

あまりにも人すぎて、

いくら何でもちょっと人すぎるのではないか、

と思われるほどです。

ただ、そうして過激なまでに人なのだが、

人としての限界は、踏み外していない。人でなしではない。

極端ではあるが人として、

飽くまでも人として、

あり続けるのがウルトラマンです。

 

よってスーパーマンの勝ちです。

何しろ超人だから、

人など相手にならん。

 

第二に、

ウルトラマンと言えば、

カップ麺です。

 

 

三分間ですね。

彼は三分間しか闘えない、

それは、

地球が放射能で汚染されているせいだ。

と聞いたことがあります。

本当にそんな設定なのかどうか、詳しくは存じません。

 

そう言えば、

あのゴジラも、

放射線による突然変異で生まれたのでしたか。

特撮モノの世界は常に、

ある種の悲哀を帯びたものになるらしい。

 

そう言えば、

カップ麺も、

文脈によっては悲哀ですね。

孤独な男の貧乏暮らし。

その印象があるからです。

 

しかし、吾人は思うのですが、

カップ麺で空き腹をごまかすというのも、

じつは大して経済的でない。

割に合わん。

栄養バランスの話を度外視したとしても割に合わん。

そう思えます。

何しろ吾人も身を以て重ねた経験ですから信頼して頂きたい。

だって、

カップ麺ひとつぶんの値段で、

相当量のスパゲティが買えるからです。

 

スパゲティ最強。

貧乏暮らしにおいて、

スパゲティを上回る主食の存在を吾人は知りません。

米より安い。

パンより安い。

キャッサバより安い。

あとはお好み次第で、

もやしとかキャベツとかの食材を添えて何とか生き延びましょう。

 

第三に、

ウルトラマンと言えば、

蝉です。

 

 

あのフォッフォッフォッとした奴。

両手のハサミばかりが注目されますが、

顔が蝉です。

 

それでは、

次回は「蝉」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/2/26 11:03
「円」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

円からの連想を配列しましょう。

 

第一に、

円と言えば、

三角関数です。

 

 

丸い卵も切りようで四角、

しかし、

円が三角とはこれいかに。

 

昔の誰かが三角関数と呼ぶことにしてしまったから、

仕方ありません。

伝統の力というものです。

実際、学校の授業で習うときも、

先生はまず直角三角形を持ち出して解説して下さるのですが。

最初から、

円で言ってくれ。

 

大人になった今となってみれば、

吾人などはそう思います。

そのほうがずっとイメージが湧きやすいからです。

何しろ、

三角関数をきっかけに数学嫌いになった、

という方々も少なくないのです。

ちなみに吾人は、

そんなののはるか以前の段階、

「比例と反比例」の辺りで早くも絶望して脱落しています。

 

直角三角形の、

縦の辺を斜面で割った値、それこそはサイン sin である。

横の辺を斜面で割った値、それこそはコサイン cos である。

って言われてもね。

それがどうした、

という気がしませんか。吾人はする。した。

 

そんなことよりですね、

お馴染みのごく普通の XY 座標グラフ、

その、まんまんなかに、

円をさっと描くのです。半径 1 の円。

この円周上を、

ぐるぐる動き回る虫がいる。

 

虫の、Y 位置がサイン。X 位置がコサイン。

 

じつに、

たったそれだけのことです。

いかがでしょう、

三角形のときより随分と、

すっきり頭に入る気がしませんか。吾人はする。している。

円周上の点について、

(cosθ, sinθ) だ。

それだけ思っていればよろしい。

それで、

言っていることは三角形のときと全く同じなのです。

 

そう思えば、

サインやコサインの値の範囲も、

たちまち思い浮かぶ。

角度が 0°から 180°の間なら、それは円の上半分。

サインは 0~1、コサインは -1~1 の範囲で動きますね。

 

だから、

三角関数は円で言ってくれ。

そう思うのです。

 

第二に、

円と言えば、

中華料理です。

 

 

あの、円形ぐるぐるテーブルです。

良いシステムだと思う。

 

ねえちょっと、そっちの肉じゃが取って。

人にそう声を掛けること、

それ自体もまた食事におけるコミュニケーションの効用で、

それはそれで良いのですが、

やはり気を遣いもする。

 

その点、

中華料理の円卓なら。

卓を回せばよろしい。ただしそおっとね。

 

子供をそうした場に連れて行くと、

きっとほぼ確実に、

卓のこちら側と向こう側とで「回し合戦」が始まるものですが、

我々は大人です。

慎み深くそおっと回しましょう。

すると、

その通り慎み深くスルスルと、

酢豚がやって来ます。

 

はい、お呼びでございますか旦那さま。

まるでそんな調子で。

その物静かで奥ゆかしい振る舞いは、

老練な召使いのようではありませんか。

 

「お前を取って喰いたいのだよ」

 

「かしこまりました」

 

がふがふ。

酢豚は旨いものです。

 

第三に、

円と言えば、

ウルトラマンです。

 

 

著作物ゆえさすがにウィキメディアに画像はありませんで、

「ウルトラマリン」で代用しました。

絵の具です。

 

円谷プロの手になる作品群ですが、

日本の子供たちは、

ウルトラの活躍に胸躍らせつつ、

円という字がツブラと読めることをも学ぶのでした。

 

かなりの難読字ですよね。

つぶらな瞳、

というときのつぶらです。

だから、円な瞳、と書いて正しいのですが、

こう書くとまるで、

お宝に目が眩んだとき両目が¥マークになっている、

あのよくある漫画表現のように思われてしまう。

 

それでは、

次回は「ウルトラマン」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載

hirano関数@2013/2/25 11:58
「羊」の連想配列

こんにちは、関数です。

 

ではさっそく、

羊からの連想を配列しましょう。

 

第一に、

羊と言えば、

ニュージーランドです。

 

 

人間より羊のほうが多い国として知られる、

ように記憶しています。

それはオーストラリアだったかしらん。

はたまた、どっちもか。

 

他愛ない主観論ですが、

ニュージーランドという国は、印象が良い。

いかがでしょう。

別によく知りもしないくせに、

平和でのどかな国だという気がしませんか。

 

その理由はまず、

まさにその、

よく知りもしないというか、

馴染みが薄いという点にありましょう。

日本からは遠い遠い南の島です。

 

はるか遠くの国、

というものに対しては普通、

悪いイメージは持てません。

行ってみたいな、よその国。

そういう唄もある。

異国と言えば敵意も生じましょうが、

そこに含まれるニュアンスは、

何がしか交流がある程度の遠さの国ということなのでして、

それはまた別。

全くもう、及びもつかないほど遠い、

となればそれは、

天国とか極楽浄土とかに近いものです。

 

そこへ持って来て、

羊だらけだ。

何しろ羊は穏やかさの象徴みたいな動物ですからね。

それに、

人間より羊が多い、

たとえば一対十の比だとして、

それをごく図式的に思い描いてみましょう。

どうなるか。

もこもこ羊さんたちが織りなす見渡す限りの白い雲海の中に、

人間がぽつり、ぽつり。

ほうら天国だ。

通俗的に思い描く所の天上界です。

 

ニュージーランドは世界初の、

女性参政権を認めた国だ。

学校でそう教わったことも補足的に効いているかも知れません。

ますます印象が良い。

 

以上全て、

ニュージランドについて何も知らないからこそ言える主観論に過ぎません。

日本からの留学生が、

結構多いらしいという話がある。

それなら、よく知らないというのはまさに、

吾人の認識が偏狭だという話。

お客さまの中にニュージーランド留学生はいらっしゃいませんか。

 

第二に、

羊と言えば、

執事です。

 

 

生粋の江戸っ子に言わせれば、

どちらも全く同じ、

むしろ何が違うのかということになりますね。

 

それはそうと、

執事というやつ、

これも何だかよく判らない事情によって、

随分と印象が良い。ニュージーランドのように良い。

執事などという人は、

我々にほとんど馴染みがない、

と思いきやどうもある種の喫茶店に集中的に棲息しているらしく、

これもまた、

ただ単に吾人の認識が狭いだけなのでしょう。

 

たとえば、よく似た存在、

「秘書」とどこが違うか。

そこからして漠然としています。

性別の違いだ、

というサブカル的把握もあり得ましょうが、

それはやはり違う。

男の秘書ならいくらでもいる。政治家の弟子のような人とか。

 

そう思うと、違いは、

事業の切り盛りか、

家政の切り盛りか、

ということになります。

ところがそれは必ずしも明確に分かれると限らないのでして、

公私混同する人は世間によくある。

「部長の引越しに部下が駆り出される」などのあの前時代的風習とかですね。

あるいは、

芸能人のマネージャー。

この場合、

公私の区別などほとんど関係なく、

ともかく世話しなければならないでしょう。

芸能人の場合

その本人の生活が即ち事業そのものだからです。

 

第三に、

羊と言えば、

円です。

 

 

日本国通貨です。

なぜかは申し上げるまでもありませんね。

説明不要、見たままのことで、

そっくりです。

ウール製の衣服に \9,800- などと値札が付いているのを見ると、

ちょっと面白くなります。

羊一万匹ぶんか。

 

それでは、

次回は「円」で連想します。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載