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hirano関数@2013/1/31 10:33
「礼儀」の非正規表現

こんにちは、関数です。

 

耳のことを前回はお話ししました。

空気の振動を感受するこの便利な器官ですが、

その本体は、

かたつむりですね。

 

何も諧謔を弄するものではなく、

文字通りのことを言っています。

我ら人間みな、

かたつむりを飼っている。

耳の中に。

いかめしく書けば蝸牛器官で、

見た目がかたつむりだからこの名称が付いた次第ですが、

学者や医者でもごく普通に、

かたつむりと呼ぶ人があるようです。

 

左なるかたつむり、

右なるかたつむり、

二匹のこいつらがてんでに鳴き声を響かせて、

我々は音を感受します。

かたつむりの鳴き声、

聞いたことある?

そんなことを人に問うてみれば変な目で見られそうですが、

これは常識のほうが間違っているので、

かたつむりは、

鳴くものだったのでした。

 

聞いたことある? と問われた、

その人の耳の中では既に鳴いている。

かたつむりが。

いま君はまさしく、

かたつむりの鳴き声を聴いているのだぜ、

というわけで、

これはちょっと高級で洒脱なジョークじゃありませんか。

 

片方の目をつむることはできるが、

片方のかたつむりをつむることはできない、

これはどうも低級な駄洒落じゃありませんか。

 

考えてみれば、

面白いことです。

目は気軽に閉じられるが、

しかし耳は、

閉じられない。

手でふさぐという反則技でも使わない限りは、です。

鼻も同じくですね。

ついでに口は、

これはむしろ閉じているのがデフォルト。

 

耳をぴくぴく動かせる、

という特技を持つ人が時折いますが、

耳をぱたんぱたん閉じられる、

という特技は見たことがありません。

きっと吾人の見聞が狭いだけのことでしょう。

世の中は広いから、

耳を閉じられる人もいるに違いない。

ぱったんぱったん。

 

耳および鼻が、

閉じられない。

これはおそらく、

聴覚と嗅覚がいかに大事なものか、

ということを示唆します。

生物進化に思い馳せてみると、

目なんかで世界を認識するようになったのは、

ごくごく最近のことであって、

まずは、

耳と鼻が大切だ。

さらにどちらかと言えば鼻でしょうか。

 

そういう大切な器官は、

いつでも開いていなければならん。

それはたとえば身の危険を察知するのに、

必要なことでしょう。

たとえ睡眠中であろうとも、

耳や鼻は活躍している。

 

耳とか鼻とかは、

より本能に近く通じる道だ。

それは皆さまご承知のことかと思います。

たとえば、

人が恋に落ちる瞬間はいつか。

 

それは、

耳からやって来る。

あるいは、

鼻から押し寄せて来る。

いやあ思い当たる節がありますねえ。

 

それでは突然ですが毎度おなじみ意味なし五七五、

「礼儀」の非正規表現。

 

 

次回は「六角形」です。

hirano関数@2013/1/30 11:20
「ルイ十五世」の非正規表現

こんにちは、関数です。

 

前回はスコットランドヤードの捜査の手が伸びましたが、

あれはむろんのこと、

スコットランドにあるわけではなく、

イングランドと呼ばれる地域のしかも首都のロンドンにあるので、

然らばなぜそんな名称なのか謎ですが、

そういう変なことは歴史の長い国にはよくあるのでして、

気にするのはむしろ野暮天というものですから、

ごぼ天は煮るとうまいが野暮天は煮ても焼いても喰えぬという次第で、

そんなどうでも良いことより、

スコティッシュフォールドです。

 

あの愛らしい獣です。

スコティッシュというからには、

詳しく存じませんが、

スコットランド産なのでしょう。

 

第一に、

耳が折れている。

 

第二に、

スコ座りする。

 

第三に、

ねこだ。

 

これでは可愛いに決まっていますね。

第三の条件だけでも既に可愛いのですから、

あまりにも当然です。

 

そしてあのスコ座りは、

考えてみれば、

これは別に、

スコの専売特許でもありませんで、

たとえばテディベア、プーさん、といった獣も、

ほぼ同様に座ります。

しかしあれをテディ座りとは呼ばない。

それはそれで、

合衆国大統領が執務室に、ちょこなんと、

座っている様子が連想されて微笑ましいのですが、

ともかく呼ばない。

考えてみれば、

それも納得のゆくことで、

テディ及びプーは非実在青少年に似たものですが、

スコは、

実在する。

 

実在するということが、

何よりも強い力を持ちます。

実在する獣が、

あのように座るのです。

厳然たる事実として。

これを、

飽くまでも事実に即して言い替えるならば、

あのように座る獣が、

実在する、

ということです。

もはや、

このことを別の側面から表現する手法としては、後は、

実在する獣の座り方が、

あのようである、

くらいしかありません。

 

それほどまでにも、

スコは、

座ることによって、

魅力をいやが上にも倍加させています。

スコ座りという言い方も

全く自然なことです。

その資格がスコには充分にある。

それはつまり、

スコの天賦自然権といったようなものでしょう。

 

もちろん、

先ほど複数の条件を挙げたように、

座らずとも既にスコは可愛いのですが、

そんな可愛いものが、

さらに、

スコ座りするのです。

これはほとんど、

反則技とでも評すべき所でしょうか。

俗に言う、

「けしからん」というやつです。

何という、

けしからんやつだ。

 

しかもこの条件は、

場合によってはさらに追加される。

言うまでもなく、

仔ねこだ、

というケースですね。

ねこであり、

まだ幼く、

耳がぱたりと折れている、

そのような既にして殺人的に愛くるしい獣が、

あまつさえ、

スコ座りする。

 

けしからん。

 

ところで本日の文章は、

当ブログの開設以来の歴史上まれに見る、

内容の薄さだと我ながら思うのですがいかがでしょうか。

 

それでは突然ですが毎度おなじみ意味なし五七五、

「ルイ十五世」の非正規表現。

 

 

次回は「礼儀」です。

hirano関数@2013/1/29 10:58
「理科」の非正規表現

こんにちは、関数です。

 

前回はじつに白黒したのでしたが、

たとえば、

目を白黒させる、

という言い方。

これには少々の興趣があります。

碧眼の西洋人は、

決して目を白黒させることはできないからです。

白青したり、白緑したりする。

 

俺の目が黒いうちは。

これも、

同様ですね。

俺の目が青いうちは、

ロンドンでテロなんぞ決して起こさせんぞ。

などとスコットランドヤードの署長は力み返ったりするのでしょうか。

その署長にしてみれば、

東洋人が言うあの変な表現、

目が黒いうちは、というやつ、

それではまるで死んじまってるみたいではないか、

とも思うのでしょうか。

 

毛を白黒させる。

これはパンダです。

生まれたばかりのパンダは真っ白ですが、

育つにつれ白黒します。

すなわちパンダ界において、

白黒は成長の証です。

おうおう、ちょっと見ねえうちに、

おめえも白黒して来たなあ。

仔パンダは、

親戚のおじさんにそう言われて、

頭をがしがしされたりするのでした。

 

肌を白黒させる。

これはシャチです。

仔シャチはおじさんに頭がしがし。

いや水中ではそれは難しそうですから、

鼻先でぐいぐい。

 

と、続けたいのは山々ですが、

確かシャチの場合、

生まれたてでも既にして白黒ですね。

それなら、

やあだ、あんたの黒もずいぶん艶っぽくなってきたじゃないの。

親戚のおばさん目をぱちくり。

 

ふといま思ったのですが、

パンダの肌。

あれはどんな色をしているのでしょうね。

もし毛を剃り落としたら。

なんと毛並みそのままに白黒カラーリング、

だったら見事なりと感服しますが、

きっと違うでしょう。

 

ところで、

白、黒、

これらは色ではありませんね。

白黒カラーリングなどという表現は、

その点ではおかしい。

白黒は、

色の違いと言うより、

明るさの違いです。

ゆえにたとえば、

黄色っぽい紫などという言い方は不当ですが、

白っぽい紫、

黒っぽい紫、

という言い方は可能だ。

 

白物家電、

という謎めいた単語がありますね。

洗濯機や冷蔵庫などの総称であるらしい。

なるほど確かに、

その家電売り場に行くと、

何だか視界が白っぽく映ります。

白いものが最も売れるのもおそらく確かでしょう。

 

白いものは確実に広く売れます。

光の象徴ですからね。

家庭にもっと明るさを。

その気持ちはたいへんよく分かります。

だから自動車にしても、

白が、最も売れると聞いたことがあります。

車道を走って周囲を眺めるにつけても、

やはり白が多い。

皆さまそうお感じになりましょう。

 

ここでひとつ思う所あり、

自動車は近年、

どんどん電気自動車に寄って来ていますね。

事態ここまで至れば、

もはや、

自動車は白物家電である。

そう言っても許されるのではないかしらん。

 

それでは突然ですが毎度おなじみ意味なし五七五、

「理科」の非正規表現。

 

 

次回は「ルイ十五世」です。

hirano関数@2013/1/28 12:20
「らくだ」の非正規表現

こんにちは、関数です。

 

前回は七味唐辛子を振りかけました。

七味と言うからには、

しち面倒くさい名称の何物かが七種類混じっているのであって、

ただ、その一つ一つを列挙する知識が、

吾人にはありません。

ここでネット検索なんかしない。

それを面倒だと感じるほど吾人は横着者です。

 

ええと、

思い出してみると。

まず、

胡麻は確かに入っている。

それから、

何かしら鮮やかに緑色が目立つものがありますが、

あれは一体何だろうか、

いずれ陸または海に生える何かの葉っぱでしょう。

緑色ならば、

そう言っておけば確実に当たります。

あと、

柚子の皮らしきやつも入っていますね。

 

といったものを今、

吾人は思い浮かべていますが、

これが広く妥当するかどうかは判らない。

七種類もあれば、

どうも、

たとえば地方によって時代によって、

違いがある予感します。

ほら例の、世界三大美人が、

国によって顔ぶれが異なるみたいなものです。

 

そもそも七味の七味たる正統な定義など、

無いだろうと察する。

この手のことはおおかた、

「諸説あり」だと相場が決まっておりましょう。

柚子の皮が、

愛媛県ではみかんの皮に変じたりして。

何しろ蛇口をひねると POM ジュースが出る、

ということで名高い地なのですから。

 

これは決して嘲笑しているのではありません、

吾人は、

みかん及び愛媛県を衷心から尊敬するものです。

みかんは、

陽光をたっぷり吸い込んで、

生命感に満ちあふれて、

言わば、手のひらサイズの太陽です。

冬になると、

ありがたい果実ですね。

人々が冬にみかんをむやみに食すのは、

無意識化において、

太陽を希求する心ではあるまいか。

 

話が逸れましたが、

七味です。

もちろん一味もある。

どこかの食品メーカーが「麦わらの一味唐辛子」を発売しやしないか、

と吾人は常に注目しているのですが、

それはそれとして、

この一味唐辛子という呼び方は、

ある意味で変な話です。

そもそも唐辛子なのでして、

一味なんて殊更に言う必要はない。

ところが、

唐辛子と言えば七味だ七味だ、

という認識があまりに普及しているため、

遡って、

一味唐辛子と呼ぶべき理由が生じてきます。

テレビジョンと言えば、

むろん白黒に決まっていたのを、

カラー・テレビジョンが出現して世を席巻したから、

白黒テレビという言い方が必要になる。

それと同じですね。

 

それで思い出しましたが、

しちみ・とうがらし、

という呼び方自体が。

それこそ地方によって時代によって、

違うのだと聞いたことがあります。

昔気質の人は、

七色と呼ぶ。

なないろ・とんがらし。

とうがらしではありません、

とんがらしです。

 

あらまあ素敵な言い方だわ。

いいですよね。

七色とんがらし。

何だかこう、

温かい生活感があって、

しっくり来る呼び方だという気がします。

七色という所に、

唐突なだけに却って素敵なメルヒェンを感じる人もありましょうか。

 

それでは突然ですが毎度おなじみ意味なし五七五、

「らくだ」の非正規表現。

 

 

次回は「理科」です。