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hirano関数@2012/9/28 10:39
IT歌留多「き」

こんにちは、関数です。

 

前回、

太平洋がちらりと見えました。

そこで大西洋も見ましょう。

 

南北の太平洋、南北の大西洋、インド洋、北極の海、南極の海。

世界を満たす七つの海です。

何が「七つ」だ。

海は世界中で繋がっていてこそ海なわけで、

そこに強引な区分を拵えて七つと称しているに過ぎませんが、

まあそれはよろしい。

海の二大巨頭が、

太平洋と大西洋です。

 

こうよく似た名前を並べてみると、

気になることがあるのが判ります。

きっと皆さまも気に掛けていらっしゃると存ずる。

なぜ、

大西洋は大きいのに、

太平洋は太いのか。

謎だ。

いかがです、どんどん気になって参りませんか。

 

将棋の王将と玉将みたいな話だろうか。

そう思っても良いのですが、

じつは吾人には別の、

思う所があります。

さてそれでは諸君、

この吾人が、

我らの前に横たわるこの、

不可解極まる謎を解明してみせようではないか。

 

その解明は、

次回ということにしましょう。

たまにはこんな引っ張り方もしてみる。

 

では、IT歌留多「き」。

 

 

折れるとか倒れるなら判るが、

壊れるとはどういうことだ。

そうです、

「木」なんて身近な単語にも IT 業界的な意味はちゃんとあって、

いわゆるツリー構造ですね。

たとえばこのようなやつ。

 

├─フォルダ

├─フォルダ

│  ├─フォルダ

│  │  ├─フォルダ

│  │  └─フォルダ

│  │     └─フォルダ

│  │         └─或るファイル X

│  ├─フォルダ

│  ├─フォルダ

│  │  ├─マチルダ

│  │  └─フォルダ

 

或るファイル X が、

フォルダの中にあるフォルダの中にあるフォルダの中にあるフォルダの中に、ある、

という整頓の仕方をしておくと、

判りやすくて便利です。

この枝分かれ式がまるで木のようだから、

ツリー構造。

でもこんな身近な単語をツリーなんて、

わざわざ英語で言うのも変なもので、だから、

木構造です。

マチルダって誰でしょう。

 

フォルダのことをディレクトリとも呼びます。

フォルダは、

書類をまとめるものらしい。

ディレクトリは、

方向を指し示すものらしい。

何だか単語として全く意味が違って奇妙ですが、

木構造のことを考えると、

なるほどと思います。

枝分かれの分岐点にあるからディレクトリ。

つまり、

人間の気持ちになったときはフォルダで、

機械の気持ちになったときはディレクトリということだ。

 

木構造は、

HTML を扱う際もお馴染みです。

body 要素の中にある div 要素の中にある  div 要素の中にある dl 要素の中にある dd 要素の中にある span 要素 の中にある、 a 要素。

このような調子です。

いつも思うのですが、

a 要素って健康に良さそうですよね。

 

この HTML の場合、

木構造を書き連ねるのは人間ですから、

うっかり閉じタグが抜けてしまうことがあります。あるだろう。

すると、

木が壊れます。

そのせいで、

意図通りの画面が出てくれなかったり、

Javascript がうまく動かなかったりします。

自然に生えている木は、

細胞のひとつやふたつ駄目になった所でびくともしませんが、

この木は、

仮想物である。

ほんの一文字でも壊れれば即ち木全体が壊れるのです。

 

ところで先ほどは、

ツリーなんて言わずに木だ、木と言え、と申しましたが。

それではちと妙なことになる場合も、

じつはある。

 

ディレクトリツリーという言い方がありますが、

これを言い直すと、

ディレクトリ木です。

こう書くと、

カタカナの羅列に埋もれて、木という漢字がまるでカタカナのように見えて来ますね。

しかも発音してみれば、

「でぃれくとりき」。

ちょっと『ツァラトストラかく語りき』みたいで、

格好良いと言えば格好良いのですが、

どうも響きがおかしい。

HTML の DOMツリーなんて、

「どむき」だ。

たちまちにして激安の殿堂です。

tanaka@梅干し@2012/9/28 10:25
新宿御苑の秋祭り

hirano関数に代わりましてtanaka@梅干しがいつもとはテイストが変わった感じで、
わが社がおせわになっている新宿御苑についてお伝えしたいと
おもいます。

新宿御苑といえば手入れが行き届いた広大な庭園が似合う高貴な町並み
というイメージが強かったのですが、
弊社がある新宿1丁目は個性豊かな赤ちょうちんから高級店まで、いろんな店が
裏路地に並び、少し歩けば今ブームを集めている新宿2丁目や新大久保があります。
それらの中に昔ながらの民家が入り混じって
いるのでほのかに懐かしさすら感じる魅力的な町です。

来る10月6日新宿御苑『秋祭』が開催されます。
この機会にブラリと路地に迷い込んで楽しんでみてはいかがでしょうか?

秋祭りといえば、たこやき・ヨーヨー・金魚すくいとおもうのは
私だけでしょうか。(;^_^A アセアセ・・・

秋祭りは「秋の収穫を感謝し、新穀を神に供えて行う祭り。」だそうです。
ということは、農村地帯で地域一丸となってさぞかし盛大に催されていたんだろうな、
と想像します。

いつもは挨拶程度の関係の人とも一丸となってさまざまな役割で祭りを作っていく事で
人とのつながりが広がり絆を作り、さらに自分達の仕事に「誇り」を再確認できる
チャンスなんですね。

私たちの仕事に翻って見ると、プロジェクトという枠でシステム構築を進めています。
進める中では様々な役割が必要になります。
営業・企画・デザイン・要件・開発・テスト・導入・サポート
はたまたパンフレットを作ったり。。。
あげきれません。

さまざまな役割の人の力が合わさって作られたものが、この世の中に商品となってスタートを切る事が出来ます。
良いものを作る目的は変わらないのですが、その役割の中で溝が出来る事があります。
「あの営業は開発側を考えない。無理難題ばっかり」
「あの開発者は開発の事しか考えない。口を開けば重くなるばっかり」

「ばっかり」一度はきいたことありますよね。
程度もありますが、この発言を聞くと役割を超えて「良い物をつくりたい」と思っているからこその

言葉なんだろうな、と思います。
せっかくの気持ちをこのオンタイム「秋祭り」に便乗したいと思います。

「秋祭り」。たこやき・ヨーヨー。。。と連想していた事が恥ずかしくなります。
重大なお役目を果たしているんですね。

とはいえ、秋祭りではやっぱりたこやき・ヨーヨーも楽しみたいと思います。

カテゴリ:新宿御苑
hirano関数@2012/9/27 11:44
IT歌留多「さ」

こんにちは、関数です。

 

初心者ということを前回書きました。

吾人は、

さまざまなことの初心者です。

 

たとえば、

長ねぎを刻むことの初心者です。

たとえば、

大勢の人前で喋ることの初心者です。

たとえば、

エレベータの中でドアの開閉ボタンを間違わずに押すことの初心者です。

たとえば、

はにわの初心者です。

たとえば、

教養を身につけることの初心者です。

 

このように、

いい歳こいていまだに人生の初心者です。

それに関しては絶対の自信がある。

したがって、

既に手遅れです。

上記の如きを幼い頃から長年に渡って続けて来られた人に、

全く吾人は及ぶべくもない。

これを一口に、

「育ちが違う」と申します。

 

育ちが違う以上、

どう見ても既に手遅れなのですが。

それだけではちと残念だから、

考え方を変えます。

ほとんど手つかずのまま残された領域が広大無辺に、ある。

そいつはつまり、

我が内なるフロンティアである。

そのように考えたい。

例の、コップの水が半分しかないか半分もあるか論みたいな話で、

人生に対して、

わくわくするのです。

少々強引にでもそう思い続けていると、

いつしか、

それらしく思えて参ります。わくわく。

錯覚と真実を弁別する能力はそもそも人間に備わっていないのですから、

それで充分である。

 

エレベータの開閉ボタンって、

なぜあのように押し間違えてしまうのでしょうか。

いつか立派な、

エレベータの開閉ボタンを押し間違えない人になってやろうと思います。

 

では、IT歌留多「さ」。

 

 

さんじうまん。

カーラジオの交通情報がそんなことを言い出したら驚きますが、

さにあらず、

通信の話です。

 

このインターネット時代、

世界中を情報が駆け巡っています。

いえ、

世界中を情報が駆け巡ること自体は昔から同じですが、

違うのはその速さですね。

地球の裏側の情報でも、

それが瞬時にして手に入る。

そのためのインフラが整った。

 

こうなると逆に、

お隣さんのサーバに接続するために、

わざわざ太平洋を往復して来たりすることだってありますね。

地理的条件は今や、

ちっとも問題にはならない。

問題になるのは、

通信が届いたその後、コンピュータの処理の速さのほうです。

 

ならばとて、

何かこうすんごい処理能力を誇るマシンというものを考えて、

自分のパソコンも通信先のサーバも中継するルータも全てそのすばらしい能力を備えているとする。

だがしかし、

それでもなお、

通信の速さには限界があります。

光速度ですね。

一秒で地球七周半、とよく言われるやつ。

秒速およそ 300000km です。

 

何者も、光速を超えることができない。

皆さまよくご存じの通りです。

そう言えばしばらく以前、

光速度を超える粒子が見つかった。のではないか。

と言って大きな話題になったことがありましたね。

光より速いものはない、

それを皆さまよくご存じだから、

大きな話題になり得るのです。

鎌倉時代の人にこのニュースを聞かせても、

大きな話題にはなりません。

へえ、そう。よく判らんが、まあそういうこともあろう。

くらいの反応が関の山でしょうか。

 

以て知るべし、

相対性理論がいかに流布するに成功したかですが、

ところが、

ではその内容は?

そう言われると、

これがよく判りません。

 

吾人の乏しくも断片的な理解の限りでは、

「光速を超えることができない」

のではない。

そう言い切っては語弊がある。そうではなく、

「あらゆる値が無限に変化するとすれば、宇宙が成り立たない。どうしても何か、物差しのような基準値が必要である。それが光速だ。と考えてみたところ、おや、あれこれの物事が説明できる」

という趣旨のようです。

 

つまり、

理解していないわけです。

特殊相対論と一般相対論の特色をそれぞれ述べよ。

などと問われたら吾人は、

すたこら逃げ出しますね。

さっさと逃げ出しても良いのですがここは、すたこら逃げ出すこととしたい。

hirano関数@2012/9/26 10:20
IT歌留多「あ」

こんにちは、関数です。

 

前回、抽象という語が出ましたから、

それについて書きます。

 

抽象的なことが好きな人と、

具体的なことが好きな人がいます。

たとえば、

梅干しとご飯で言えば、

「なるほど日の丸であるな」

と考えるのが抽象人で、

「いただきます」

と食べ始めるのが具体人です。

 

皆さまこの世間で何となく常々お感じの通り、

抽象人と具体人は、

ほんのりと、

反りの合わない所がありますね。

これを乱暴で極端で誇張した言い方をするなら、

抽象人は具体人のことを、

頭の悪い単純欲望人間みたいに思う。

具体人は抽象人のことを、

人情を理解しない冷血人間みたいに思う。

これは、

じつによろしくないですねえ。不幸な関係です。

 

しかし、

これがすばらしく良い方向に働くという場合があります。

ふたりが、ラヴい恋人同士である場合です。

ほんのりどころか、

ピラミッドとこんにゃく芋くらいかけ離れた性質のふたりが、

まさにそれゆえに、

強く惹かれ合うことがある。

そうなったらこの際、

徹底的にお互いの性質が違っているほうがお得ですね。

お得とは妙ですがしかしそうです。

毎日が、

一瞬一瞬が、

とても新鮮だ。

自分の足りない所を相手が補ってくれる。

こんなに幸せなことはありません。

心が通じ合っている、と錯覚することこそが恋だという説もありますが、

吾人はそれに与しない者です。

 

なんか好き。

その、

たった一本の細く頼りない糸だけでもって、

だんご虫とポテロングくらいあらゆる点で異なったふたつの心が、

結び付いているという奇蹟。

それこそが、

恋することのすばらしさではありませんか。

 

と、柄にもなく、

感傷的なことを申しましたが、

じつはピラミッドうんぬんの比喩のところを言いたかっただけで、

はちゃめちゃの修辞も、

甘めの文脈で包んでやればそれなりの効果が出るかも知れないという、

抽象と具体のアウフヘーベンを狙った、

前衛的な実験でした。

こたつと二次方程式のどちらがより太いかを比べてみるくらい無意味な実験です。

 

では、IT歌留多「あ」。

 

 

 

プログラムに数値ではなく文字列を扱わせるとき、

アポストロフィーで文字列を囲む。

 

val = '文字列'

 

ということになります。

余りにも当たり前のこと過ぎて普段は意識しませんが、

初心者中の初心者の頃のことを、

思い出しましょう。

なぜ、囲む必要があるのか?

 

val = 文字列

 

ではいけないのか?

という疑問を抱いたとしても不思議はない。

そしてその疑問は、

なぜと言われてもちと困る種類の疑問です。

そういうものなのだよ。

と斬って捨てるほかない。

いいからアポストロフィーは与えておけよ。

そうしておけばほら、ちゃんと動くから。

 

これでアポストロフィー授与式は滞りなく済みました。おめでとう。

 

と書いておいて何ですが、

通例この場合はアポストロフィーとは呼びませんね。

クォートあるいはシングルクォートです。

I'll とか You're とか英文を書くときの ' がアポストロフィー。

 

ところで、

いま吾人はクォートと書きましたが、

クオートで良いではないか。

とお感じの方々も少なくないかと察します。

クォなんてちょっと気取り過ぎている印象が醸されますからね。

でもやっぱり「ォ」を使うんだぉ☆

 

使用頻度が少ない字なのですから、

なるべく使ってやるのが、

字としても本望かと思いまして。

ウォール街やらフォルクスワーゲンやら言う奴らだけに占有させておく手はない。

ただ、考えてみると、

擬音ではゴォォォとかグォォォとか連発しますから、

そこで帳尻は合っているわけか。

 

こういった話で思い出す、

使用頻度が激少の字と言えば、

何と言っても、

「ヮ」ですね。

シークヮサーくらいしか出番がない。