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hirano関数@2012/8/31 10:09
IT歌留多「ら」

こんにちは、関数です。

 

前回はあやうく、

地球が火星人に征服される所でしたが、

この惨事から立ち直る手助けとして一体自分には何ができるかと思ったとき、

タコの話をしましょう。

 

火星人からタコ、

本来この話のつながりは極めておかしいのですが、

しかし、おかしくない。

誰かが勝手に、

火星人をタコ型に描いたからです。

それが大ヒットして流布したからです。

ともかくも生理的に怖がらせるのが目的なら、

クモ型、

ヘビ型、

粘液ドロドロ型、

蟲型、

特に足がむやみにいっぱいある系の蟲型、

などさまざま考えられますが、

作者H・G・ウェルズはタコを選んだ。

そして成功した。

 

そういえば西洋ではタコは、

悪魔の魚とか呼ばれることがあるそうですね。

あのクトゥルフ神話も、

創始者本人の言わば「魚っぽいやつ恐怖症」が重要なモチーフになっています。

どうも西洋文化圏では、

海洋性のものに恐怖を感じやすいらしい。

 

この辺りは、

タコなんか平気で食べ慣れている日本人からすると、

あまり共感できない所かも知れません。

その目で見てみると、

なるほど確かに、

薄気味悪いと言えば薄気味悪い。

しかし旨い。

 

ひとつ吾人にはタコについての思い出がありまして、

ターコイズ・ブルーという色を、

部分的に赤みがかった青、

のことだと信じていた時期があったということです。

朝方あるいは夕暮れどきに、時折、

そんな色合いの空が見えるじゃありませんか。

 

では、IT歌留多「ら」。

 

 

お懐かしや。

明確な数字は判りませんがおよそ250万年くらい前でしょうか、

膝に乗るほど小さいパソコン、

ということが、

すばらしい価値だった。

そんな時代もあったのです。

今となっては、

膝に乗せねばならぬほど大きいパソコンと言われてしまう。

 

現在でも人々はパソコンを膝に乗せることは乗せますが、

それは、ノートと呼ばれます。

このまま進めば行く末は「クレープ生地」か、

とも予測された所ですが、

そうはならず。

小型マシンという意味では、

スマートフォンがその地位を占めるのが現状です。

それに誰もクレープ生地なんて言っていません。

 

これ以上の小型化をするには、

人間の指は、

ちと太すぎます。

キーボードという道具、

これだけはどうにもなりませんね。

フリック入力というのもある、

それは携帯電話のボタンぽちぽちぽちぽちを乗り越えてみせた発想ではありますが、

しかし速さは出ません。

キーボードを使う以上の速さで文字出力が可能な機構があるとすれば、

もう、音声認識くらいでしょう。

コンピュータ小型化に情熱を注ぐにしては、

人類の指は、

あまりにも巨大である。

歯の間に詰まったニラを屋久島の縄文杉でつつき出そうとすることを想像してみましょう。

だがしかし、その極太の指が、

コンピュータの革新を進めているのも確かです。

 

こう考えると、

人間自身のほうも少し歩み寄ってはどうか、

と思えて来ますね。

要は、指よりも細いインタフェイスがあればいいのです。

となると、

髪の毛。

これでしょう。

髪を随意に操れるようになりさえすれば、

iPhone 画面に QWERTY キーを全部置いたって余裕綽々です。

髪を動かせるようにならないものでしょうか、

どうにかして。

例えば、修行するとか。

 

誰か天才がめでたく功成りて、

その一番弟子二番弟子もやがてそれを身につけ、

いずれそのノウハウが全人類に伝授され、

ついには子々孫々にまで本能として備わった暁には、いよいよ。

人類頭髪時代の幕開けです。

 

電車を待つ駅のホームでは、

人々の長い髪の毛が一本一本、

目にも留まらぬ素早さで、つんつんと、

手元のスマートフォンをしきりに攻撃している。

そのような、

平穏で何の変哲もない日常風景が見られるようになります。

hirano関数@2012/8/30 9:56
IT歌留多「な」

こんにちは、関数です。

 

前回、人事という言葉が出ました。

この言葉はなぜだか、

人事を尽くして天命を待つ以外では、決まって、

「組織人の命運」の話です。

どうも、

その語感に比べて、

語義が狭まりすぎではないかしらん、

まるでメールという語がネット経由の電子書簡のことだけ指すようになったのと同じみたいな気がしてなりません。

が、ともかくそうなっています。

 

命運であるから、

これは一大事であって、

人事異動だ、となると人がわあわあします。

組織の外から見れば、

そこまで騒がなくてもね....と感じられる所でして、

ゆえに、

コップの中の嵐、

という言い得て妙な表現があります。

しかし、

これは仕方ない。

誰だって、

自分の命運がどうなるかと思えば騒ぎます。

火星人が地球をつついたら全世界規模でわあわあするに違いないのです。

 

さりながら、

そんなことには一向構わない人、

というのも、

ごくごくたまに、いる。いるだろう。

そういう人は、

仙人とか風来坊とか綾波レイとか呼ばれます。

 

これで思い出すのは、

「日露戦争が起きたのを知らなかった日本人」こと、

物理学者の長岡半太郎です。

どんな人か。

現在に通用する原子核・電子モデルを考え出した人です、

と申して吾人はよく判っていないのですが、

何はともあれ、

偉い学者さんです。

学問に熱中していたせいで、

戦争があったことを知りそびれた。そう伝わります。

日本という新興近代国家が総力を挙げて死ぬか生きるかという瀬戸際を乗り切った、

あの日露戦争があったことを、です。

この手の話は常に、

真偽のほどは定かではありません。

が、いかにも、そういう感じ、あるあるな人だった。

ということなのでしょう。

 

こういう逸話は長岡さんにとって、

名誉であるか。

不名誉であるか。

おおむねの所、前者かと思われます。

学者は、

古井戸に落っこちたり、

奥さんと間違えて電信柱に話しかけたり、

モヘンジョ・ダロの都市構造を微に入り細を穿って講義した後に大学の中で道に迷ったり、

するものである。

それはもはや定番の印象です。

学者たる者、そうでなくっちゃ。

それだけに長岡さんの一件の事実性はますます怪しいのですが、

本当か嘘かはこの際どうでもよくて、

ある種の奇妙な美談たることを失いません。

 

では、IT歌留多「な」。

 

 

なんと、

じつに怖ろしげな響きだ、

何事が起きたかと思いますが、

「ネットつながんない」の原因のひとつ、ですね。

 

一体にIT技術の世界では、

名前。

それは極めて大切です。

URL、変数、関数、拡張子、MACアドレス、XMLノード、CSSセレクタ。

名前こそ全てだと言ってもよろしい。

0 と 1 だけ、

くっきりかっちり紛れようもないものが根源になっていればこそ、

それを変換した名前が、

あらゆるものを、

寸分の間違いもなく決定的に左右します。

寸分の間違いもないから、

たった一文字だけでもエラーです。

 

しかし、

名前解決、とは。

どうにも生硬な日本語ですが、

DNSサーバが云々と言われるよりは、まだしも判る。

コンピュータネットワークの黎明期、

氾濫するカタカナ語の翻訳努力をまだ捨ててはいなかった頃の、

名残りかと推測されます。

でも、怖い。

 

名前の、解決に、失敗、ですよ。

これだけでもどことなく、

怖い雰囲気がありませんか。

 

ねえちょっと、あたし、あたしよサヨコよ。みんな、どうしたのよ!判んないの?....この世界、何かがおかしい。

 

そんな雰囲気です。

自我の崩壊と言うか、

都市型ホラーとでも申しましょうか、

世にも奇妙な物語とか、

いちばん奇妙なのはその物語を案内するタモリ氏の呆れるほどの多芸多才っぷりであって衰えも見せず毎日大忙しだろうに凝った料理を作ったり都内の坂道を愛でたりする暇なんかいつあるのだろうかという点であったりして、

毎年のボジョレ・ヌーヴォはいつも最高傑作みたいなこと言うなあなどと思い馳せつつ、

吾輩の辞書に不可能の文字が無いのは誤植であろうし、

ピラミッド盗掘の旅を一泊二日で計画するなんて無茶は止せ。

 

怖さのあまり、

そこはかとない狂気を、

文章で表してみました。

皆さまご機嫌いかがでしょうか。

 

このように、

読んでも何も解決しない文章を綴るのが、

吾人の悪癖です。

hirano関数@2012/8/29 9:49
IT歌留多「ね」

こんにちは、関数です。

 

前回は青白赤と、色を並べてみましたがお気付きでしたでしょうか。

横に並べばフランスで、

縦に並べばオランダです。

この、ある色で線形3分割、

という単純明快なデザインは世界各国で大人気で、

それだけでたちまち、

一般人には決して正解できない国旗クイズが出来上がります。

イタリアとハンガリーとアイルランドとブルガリアとコートジボワールはちと似すぎではないか。

この種のクイズは、

幼稚園の男の子なんかが最強の回答者でしょうね。

女の子よりは、

男の子だという気がする。

 

幼い少年は誰しも、

学究肌です。

「ポケモンの名前を全て言える子」なら大勢いるでしょう。

それはほとんど天才的である。

そこで親は、我が子を天才だと思い込みますが、

それを嗤うには当たりません。

せっかく今は天才なのだから、

天才ライフを満喫させたらよろしい。

あれは要するに、

溌剌たる頭脳の使い道を持て余しているのです。

大いに使うがいい。

しかしポケモンなんぞより勉強に使ってくれ、

と、これまた親心でしょうが、

されど必ずしもそうは行かないのが浮世の習い。

 

気になるのは、そう、

先ほどの、

女の子よりは男の子だ、

という点です。

少年が世界中のクワガタムシの名前を脳髄に刷り込んでいる同じ頃、

少女は何をしているのか。

吾人の印象では、おそらくですが、

「人付き合い」の技を吸収しています。

少年の天才に当たる能力をもって、

少女が人付き合いを学んでゆくならば、それは。

一体どれほどの学習量か。

 

これによって、

例えば、

小学校の学級に隠然たる勢力を持つのは、

女性です。

いきなり女性と言いましたが、

あえてそう言いたい。

根回しをする、

大勢で結託して詰め寄る、

人間関係の有益さを天秤にかける、

意図的に弱者の立場を誇示して同情を引く。

これらは既に、

堂々たる大人の処世術です。

この怖るべき少女たちの前では、

バカでアホな男子など物の数ではない。

鎧袖一触、相手にもなりゃしません。

 

こういうことを言うと、

幼少期のトラウマでもあるのかと思われそうですが。

特に何もありません。

それどころか、

吾人は女性崇拝者ですから、

こういうことをすばらしいことだと思っています。

育ちが、違う。

男などが女に勝てるわけがない。

我が国日本は昔から、

女ならでは夜も明けぬ国と言われています。

 

では、IT歌留多「ね」。

 

 

こんなインターネットスラングも取り入れてみるのでした。

ただ、何と発音するのか寡聞にして存じません。

ねしん?

 

ネ申の加護を願う状況と言えば、

IT業界人にとってはまず、

本番リリース時ですね。

単体テストやら疎通テストやらをさんざ繰り返し、

やるべきことは全てやった、はずだ。

ところが、

全く不可解なことに、

問題は起きる。起きるだろう。

経験豊かな人ほど、それをほんのり覚悟しています。

そこでどうするか。

ネ申に祈ります。

もはや人事は尽くしたのです。

 

実際に祈りを捧げるかどうかはともかく、

少なくとも、

そんな心境には、なる。

こう考えてみると、

昔々の人々が、

田畑の豊作を願って祭りを始めたということが、

何の違和感もなく、

すっと納得できるではありませんか。

下らない迷信、とばっさり斬り捨てるわけに行くまい。

しかも、

人が一から作り上げたはずのコンピュータというやつにして既に、

この通りなのです。

人が作ったものでない《自然》なら、

コンピュータと比べるのも滑稽なほど複雑なはずです。

予測を超えてゆくものが、確かにある。

それなら、

祭るべし。祭るしかありません。

 

その意味では、

人類は旧石器時代からこのかた、

ちっとも進歩していないとも言えましょうか。

世界を支配したつもりで、

じつは、支配してなんかいない。

相も変わらず、

まるで自然災害に対するように、

不測のバグに出喰わしてあたふたします。

 

もっとも、

そんなことにならないように考慮を重ねるのが、

IT職人の意地です。

お客様に迷惑をかけてはならない。

しかし世の中に絶対ということは無いから、

100%の保証ということをお客様に申し上げられないのが遺憾です。

この辺りは例えば、

医者が患者さんから「治りますか」と訊かれて、

まさか「治りません」などと言えるわけがない、

苦渋の顔つきで「あらゆる手を尽くします」と答えざるを得ない。

そんな消息と少し似ています。

 

いまこれをお読みの方で、

納品日を間近に控えた方はいらっしゃいますか。

ネ申に祈りましょう。

及ばずながら吾人も祈ります。

hirano関数@2012/8/28 10:33
IT歌留多「つ」

こんにちは、関数です。

 

前回はモンゴルがいかに強力だったかという話題でしたが、

モンゴルと言えば、

タルタルソースですね。

これまた強力です。

タルタルソースの濃厚な酸味は、

朝青龍のように全てを蹴散らします。

 

前近代のヨーロッパ人が、

モンゴル人を、

差別的....という言い方が激しすぎるならば区別的に、

タタールと呼び慣わしたと聞きます。

そこから発してどういう複雑な経緯を辿ったものかよく判りませんが、

ともあれ、

モンゴルっぽい即ちタルタルなものとして。

ゆで卵やらピクルスやらを刻んでマヨネーズと共にひっかき混ぜたものが、

タルタルソースという名で呼ばれることに、

なりました。

 

世間では一般に、

白身魚のフライが出たら、

そこには宿命的に、

タルタルソースが伴うことになっています。

有無を言わさず、なっています。

これはどうも、

学校給食によって刷り込まれた意識ではあるまいかと思う。

少なくとも吾人が、

タルタルなる言葉を人生で初めて知ったのは、

学校給食の献立表においてです。

 

その献立表に曰く、

白身魚のタルタルソースがけ。

これは、

タラだとかホウボウだとか魚の名には言及していない。

それでいて、

タルタルソース、と妙にそちらのほうを具体的に言う。

主客転倒であってちと奇妙ではありますが、

むべなるかな、

以て察すべし、

そんな雑駁な言い方をするにはそれなりの理由があって。

タルタルを、

ぺとりと配置した瞬間に、

メバルであろうがホキであろうがそれはたちまち、

総論的、集合論的な「白身魚」になってしまうのでした。

なぜなら、

それほどまでに、

タルタルは強力だからです。朝青龍だからです。

 

こうした書き振りで既にお察しかも知れませんが、

あれを吾人は、

好かないのです。

言い換えると、不好きです。

タルタルなんて可愛らしい呼称のくせに、あの味とは、

いったい何事であるか。

 

では、IT歌留多「つ」。

 

 

じわじわと納品日が迫り来たり、

今日も今日とて、

全世界十億人のIT職人たちは、

ビルの一室に籠ってモニタの光を浴びることになるのでした。

月光の替わりであるかのように。

 

なぜだか知らないが世間では、

IT業界人は「よく徹夜する人」である、

という印象が定着しています。

なぜなんでしょうね。

きっと、

よく徹夜するからでしょう。

 

プログラムの仕事には、

問題が起きるとその原因が判らない限り、

一歩も進まない。

という特徴があります。

裏を返せば、

問題が起きない限り、

たいへん速やかに済む。

ということも言えましょうか。

しかし、

速やかに済むことは金輪際ありません。

問題は必ず起きるからです。

不思議ですね。

オープンサンドが床に落ちる際は必ず具が乗っている面を下にして落ちるという名高い法則がありますが、

それと似たことでしょう。

 

晩の月は見ないが、

ときどき、

夜明けの月を見ることがあります。

青い空に浮かぶ、

白々としたその月の輪郭は、

赤く充血した我が眼底にやさしく映ります。

それは、一仕事やっつけた充足と相俟って、

まことに爽やかな慰めを与えてくれるのでした。

 

その後の睡眠の心地良さと来たら、

天上の快楽です。